節分

春を迎える行事で、二月の三日か四日に行います。豆をまいて鬼を追い払う習慣は、平安時代に宮中で行われていた「追儺式ついなしき)」が原形です。
暗くなったら主人がまず玄関で「鬼は外」と二度、大声で言いながら豆を二回まきます。次に「福は内」と二度叫びながら家の中に二回豆をまきます。さらに家中の窓や戸口で、一部屋ごとに窓を開けはなち、同じようにしてまきます。家庭での豆まきは、子どもがすることも増えています。
豆まきが終わったら、節分の豆を自分の年齢の数だけ、またはひとつ多く食べます。厄除けと病気にかからないまじないです。

初午(はつうま)

二月最初の午の日を初午といい、各地で稲荷神社の祭礼が行われます。元来は歳神様の使いで農事の神様といわれる稲荷ですが、今では開運、長寿、子孫の繁栄、商売繁盛などの神として人気を集めるようになりました。総本山である京都の伏見稲荷に祭神が降ったといわれる日にちなんで初午の日に行います。

針供養

主に芸事にかかわる事祭りのひとつで、二月六日を事始め、十二月八日を事納めとして区切る祭りです。針供養は一年間お世話になった針に感謝し供養する日です。折れたり曲がったりした針は持ち寄って豆腐やこんにゃくにさし、神棚に祭ります。女性の祭りとして、江戸時代以降、盛んに行われています。

バレンタインデー

聖バレンタインの殉教記念日である二月十四日に恋人たちがプレゼントを交換するということで、日本では女性が男性にチョコレートを贈ることで愛を告白する日になりました。

ひな祭り

三月三日は、桃の節句とも、女の子の節句ともいいます。ひな人形を飾り、白酒を飲みます。現在のように段飾りのひな人形が誕生したのは、江戸時代の武家の嫁入りをかたどったもので、娘の幸せを象徴しています。
なお、ひな祭りの翌日にはひな人形をしまいます。飾ったままにしておくと、お嫁に行くのが遅れるといわれています。

春の彼岸

彼岸は春と秋の二回、「春分の日」と「秋分の日」を中日(ちゅうにち)とする前後七日間で、祖先を祭る日です。最初の日を「彼岸の入り」といい、仏壇を掃除し、供物を整えます。また彼岸の七日間に墓参りに出向きます。彼岸の料理では、おはぎやぼた餅を作るのが全国的な風習です。

花祭り

四月八日の花祭りは、釈迦の誕生を記念する仏教の行事で、正式に「灌仏会(かんぶつえ)」といいます。この日、寺院では境内に「花御堂」という花で飾った小さな堂を建て、その中に銅で作った「誕生仏」を置き、下の水盤に甘茶をたたえておきます。信者は小さな柄杓で甘茶をくみ、仏像の頭から三回注ぎかけて拝むのがしきたりです。

端午の節句

五月五日は「こどもの日」、端午(たんご)の節句です。男の子がいる家では、鯉のぼりや吹き流しを立て、五月人形を飾り、ちまきや柏餅を食べて子どものすこやかな成長を祝います。
端午の節句は菖蒲(しょうぶ)の節句といいます。この日、菖蒲湯に入ったり、頭に飾ったり、束ねた菖蒲を軒先につるしたりします。菖蒲は香りが強く、中国では昔から邪気を払う薬草とされていました。端午の日に菖蒲酒を飲んだりするのは中国の風習といわれています。また武家の間で祝われるようになったのは、菖蒲の音が「尚武」「勝負」に通じるからです。
江戸時代、武家では端午の節句に男児の出生を祈り、あるいは祝って、屋外に家紋をしるした旗指物や幡、吹き流しなどを立てました。鯉のぼりは、これらを立てることを許されなかった町人が武家に対抗して立てたのが始まりです。鯉には竜門の滝を昇って龍に化すという伝説があり、立身出世の願いを表します。
鯉のぼりや五月人形を飾る時期にはあまりうるさい決まりはありません。早めに飾って、節句が過ぎた天気のよい日にしまえばよいでしょう。鯉のぼりは上から、吹き流し、真鯉、緋鯉の順につけます。五月人形は江戸時代から普及しました。かぶとや武者人形を中心に武具や鯉のぼりをかたどった飾りを並べます。