母の日と父の日

母の日は五月の第二日曜日、父の日は六月の第三日曜日です。元来はアメリカの習慣ですが、日頃の感謝と愛情を表現する機会として大切にしましょう。

衣替え

六月一日と十月一日は衣替えです。和装では、六月になれば単衣(ひとえ)を、十月になれば袷(あわせ)を着る伝統が現在でも生きています。

七夕祭り

七夕祭りは五節句のひとつで「星祭り」ともいいます。七月七日に行うのが一般的です。地方によっては月遅れといって八月七日に行います。仙台の七夕祭りは八月です。
相愛の仲である牽牛星と織女星が一年に一度、この日に会うという中国の古い伝説から「乞巧奠(きこうてん)」という、女性が裁縫の上達を願う祭りが生まれ、それが日本に伝わり、宮廷では書道の上達や恋愛の成就を祈る星祭りが行われました。
五節句に数えられるようになったのは江戸時代で、武家から町人に普及しました。笹に願いごとを書いた短冊を下げて飾る七夕飾りは、寺子屋がはやった江戸の町から広まったのです。
七夕飾りは六日の夕方に立て、そうめんや季節の果物、野菜などを供えて願いごとがかなうように祈ったものです。

盆は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」ともいいます。七月十五日に祖先の霊を供養する行事で、日本古来の祖先を祀る行事と、仏教の先祖供養がひとつにまじりあった行事といわれています。
釈迦の高弟のひとりだった目連(もくれん)という僧侶が地獄に落ちて餓鬼道で苦しんでいる自分の母親を救うために、釈迦に教えを乞うたところ、七月十五日に供養をするようにさとされます。そしてついに母は救われ、極楽浄土に行くことができたという仏説が由来です。
盆行事は、十五日を中心に、十三日の夕方から十六日の朝までが一般的です。地域によっては旧暦や一カ月遅れで行います。
十三日は「迎え盆」といって、先祖の霊を迎える精霊棚をつくり、水、果物、野菜、団子などを供えます。仏様の乗り物として、きゅうりやなすに割り箸で足をつけた馬や牛をつくったりします。
夕方になると、墓地や家の門前で迎え火をたきます。霊が迷わず家に来られるようにという心づかいで、「精霊迎え」といいます。提灯や灯籠を立てるのも祖霊が目印にするためで、新盆の家では必ず盆提灯を飾るのがならわしです。
十四日と十五日は、朝から精霊棚にお供えを欠かさぬようにして供養します。十五日の夕方(十六日にする地方もある)、送り火をたいて霊の帰りを道を明るく照らして送ります。各地で行われる精霊流しや灯籠流し、京都の大文字焼きなどは、みんな送り火の一種です。

中元

中国では昔、正月と七月、十月の十五日を上元、中元、下元、あわせて「三元」と呼んでいました。中元はこの日に饗応すれば罪を免れるという道教の教えと、仏教の盂蘭盆会の行事がまじりあい、やがて日本にも伝わって、盆の贈答として広まりました。
目上の人やお世話になった人に贈り物をするのは、昔「生盆(いきぼん)」とか「生身魂(いきみたま)」といって、生きている祖先である親に贈り物をしたなごりです。お中元として一般化したのは近世以降です。
中元を贈る期間は七月の初めから十五日までです。月遅れで盆をする地方では八月十五日までになります。十五日を過ぎたら、「暑中見舞い」にするのがしきたりです。
中元を贈る範囲は、仕事や立場で変わります。一度贈るとやめにくいので、虚礼にならないよう範囲を狭くしましょう。金額も来年のことを考え、あまり見栄をはらないことです。
中元を受け取ったら礼状を出しましょう。お返しは本来不要です。

土用

立秋前日までの十八日間をさして「夏の土用」といいます。土用の丑うしの日にちは「う」のつく食物を食べると暑さ負けしないといって、うなぎをはじめ、梅干し、うりなどを食べます。

暑中見舞い

七月下旬の土用の入りから立秋までを「暑中」といい、見舞い状はこの間に出します。それ以降は「残暑見舞い」とします。